【インタビュー】身内を見送るたびに、世界がひとつずつ静かになっていく——40代、相次ぐ別れの中で。
離れたくて、離れられなかった。許せなくて、それでも気にかけてしまう。親子関係というものは、そう簡単に白黒つけられるものではないのかもしれません。
今回、お話を伺ったのは、いわゆる「毒親」のもとで育ち、結婚を機に距離を置いたものの、離婚後はなぜか両親への依存が強まったという、はるさん。
80代になった両親と向き合う今、感じている孤独と切なさ、そして「家族ファースト」という生き方について語っていただきました。
「最近、親戚の訃報が続いていて。そのたびに、世界がひとつずつ静かになっていくような感覚があるんです」そう話してくれたのは、はるさん(45歳・仮名)。ひとりっ子として育ち、現在は実家から少し離れた場所でひとり暮らしをしています。
過干渉という名の愛情、教育という名の支配

はるさんの両親は、いわゆる「教育熱心」な人たちでした。習い事のスケジュールはすべて親が決め、成績が少しでも下がれば人格を否定するような言葉を浴びせられたといいます。
門限4時、管理された交友関係
「友達と遊ぶ約束をしても、勉強を理由に断らされる。門限は夕方4時。反抗すれば『誰のおかげで生きていられると思ってるんだ』と言われる。進路も交友関係も、恋愛さえも、全部親が決めていました」
「これが普通」だと思っていた子ども時代
「今思えば教育虐待だったと思うんですけど、当時は『これが普通』としか思えなかったんですよね」
はるさんが自分の育った環境の異常さに気づいたのは、大学に進学し、他の家庭のあり方を知ってからだったそうです。
「友達の家に遊びに行って、親がただ『おかえり』とだけ言うのを見て、衝撃を受けました。うちでは考えられない光景だったので」
一人暮らしを始めてからも、しばらくは親の顔色をうかがう癖が抜けなかったといいます。
「何をするにも、まず『親だったらどう思うか』を考えてしまって。自分の意思で何かを選ぶ、という感覚を取り戻すのに、何年もかかりました」
結婚という「脱出」、そして離婚という「振り出し」

20代後半で結婚したとき、はるさんは初めて両親と物理的な距離を取ることができました。
つかの間の解放
「結婚を機に、ようやく親から解放された気がしたんです。連絡の頻度も自然と減って、これでやっと自分の人生を生きられる、って。夫と二人の生活は、実家にいた頃には知らなかった自由がありました」
離婚後に強まった依存
しかし、その結婚生活は長くは続かず、30代半ばで離婚。ひとりに戻ったはるさんの生活に、再び両親の存在が大きくなっていきました。
「不思議なんですけど、あれだけ苦しめられた相手なのに、離婚してから逆に両親を頼るようになってしまって。実家に顔を出す回数も増えたし、何かあるとまず親に相談してしまう自分がいる。共依存、っていうんですかね。頭では分かってるんです。健全な関係じゃないって。でも、他に頼れる人がいないと感じてしまうと、結局そこに戻ってしまうんですよね」
過干渉から逃れたいと願いながらも、いざひとりになると、慣れ親しんだ関係性に引き戻される。矛盾を抱えたまま、はるさんは40代を迎えました。
丸くなっていく両親、おおらかになった距離感

かつてあれほど支配的だった両親も、年齢を重ねる中で少しずつ変わっていったといいます。
小言が減った電話越しの会話
「実家に帰っても、昔みたいに『あれをしろ、これをしろ』と言われなくなったんです。むしろ『無理しなくていいよ』『好きにしたらいい』って言われることが増えて。最初は戸惑いました。あんなに厳しかった人たちが、こんなに丸くなるんだって」
「ありがとう」と言えるようになった親子関係
「離婚したときも、責められるかと思ったら『よく頑張ったね』と言われて。正直、涙が出ました。過去の傷が消えるわけじゃないけど、今の両親とは、前より対等に話せている気がします。おおらかになった両親を見ていると、複雑な気持ちになりながらも、少しずつ関係を結び直せている実感があるんです」
80代になった両親と向き合う日々

現在、はるさんの両親は80代。かつてあれほど強かった父も最近は足が不自由に、母も持病を抱えるようになりました。
親戚を見送るたびに閉じていく世界
「親戚づきあいの多い家だったので、ここ数年で叔父や叔母を見送りました。そのたびに、自分の知っている世界がひとつ、また ひとつと閉じていくような感覚になるんです。子どもの頃、あんなに窮屈だと思っていた『親戚』という枠組みが、今はむしろ、なくなっていくのが寂しい」
見送る側から見送られる側へ
人生100年時代と言われる一方で、実際には80代というのは、多くの日本人にとって「見送る側」から「見送られる側」へと移っていく年代でもあります。はるさんも、両親がいつかいなくなる現実と、少しずつ折り合いをつけながら日々を過ごしています。
いつか訪れる別れとの、静かな付き合い方

両親がいつかいなくなる——その事実と、はるさんはどう向き合っているのでしょうか。
「怖い」というより「淋しい」に近い感覚
「以前は考えるだけで胸がざわつく感覚があったんですけど、今は少し違うんです。怖いというより、淋しい、に近い感覚。怖がっていた相手のはずなのに、いざ『いつかいなくなる』と考えると、涙が出そうになる。」
「許せていないことと、大切に思ってしまうことが、自分の中で同時に存在していて。それでいいんだ、と最近は思えるようになりました」
今できることを、今のうちに
「未来を怖がるより、今できることをやろう、と考えるようにしています。月に一度は必ず顔を見に行く。電話では他愛のない話をする。それだけで十分なんだと思うようになりました。特別なことをしなくても、一緒にいる時間そのものが、後になって大事な記憶になる気がしています」
「もちろん、まったく不安がないと言えば嘘になります。でも、その不安をずっと抱えたまま過ごすより、今日会える人に今日ちゃんと会っておく、その積み重ねの方が、自分にとっては支えになっている気がするんです」
孤独と切なさの中で選んだ「家族ファースト」

ひとりっ子であるはるさんにとって、両親の介護や看取りを分かち合う兄弟姉妹はいません。すべてをひとりで引き受けることへの不安と、それでも家族を優先したいという気持ちが、常に隣り合わせにあるといいます。
ひとりっ子であることの重み
「友人に相談しても、『毒親だったんだから、距離を置けばいいのに』と言われることが多いんです。そうかもしれないんですけど、そんなに単純じゃなくて。恨みも愛着も、どちらも本物なんです。」
「だから今は、自分を守れる範囲で、できるだけ家族を優先する生き方を選んでいます。それが正解かどうかは分からないけれど」
揺れ動く感情を否定しない生き方
「多分、親を完全に許すことも、完全に切り捨てることも、私にはできないと思う。それでも、限られた時間の中で、後悔しない関わり方を探していきたい。家族ファーストって言うと、なんだか美しい響きに聞こえるかもしれませんが、私の場合はもっと不器用なものです。割り切れない感情を抱えたまま、それでも今できることをやる。ただそれだけなんです」
おわりに
「昔の私だったら、両親のことを『いつか許せなくなったまま終わる』と思っていたかもしれません。でも、今は許すとか許さないとかを超えたところで、ただ一緒にいる時間を大切にできればいい、と思えるようになりました」
インタビューの最後、はるさんはこう締めくくりました。
「世界が静かになっていくのを、ただ寂しがるだけじゃなくて、その静けさの中で自分なりの家族との向き合い方を見つけたいんです」
孤独と切なさを抱えながらも、揺れ動く感情のすべてを否定せずに受け止めようとする、はるさんの姿勢。そこには、単純な「毒親からの解放」では語りきれない、40代という年代ならではの複雑な家族との向き合い方がありました。
文/AKI
