進学、就職、転職、友人の結婚や出産、介護——人生の節目を迎えるたびに、それまで当たり前だと思っていた人間関係が、少しずつ形を変えていく。
気づいたら、あんなに仲が良かった友人と連絡を取らなくなっていた。そんな経験は、多くの人にとって身に覚えがあるのではないでしょうか。
学生時代の友人、20代の頃の同僚、独身時代からずっと一緒だったはずの友人たち——一時期は毎日のように連絡を取り合っていたはずなのに、気づけばLINEの返信も途絶え、名前を見るだけで少し胸がざわつく。
そんな「疎遠」を、人はライフステージが変わるたびに繰り返しているのかもしれません。
今回お話を伺ったのは、進学、就職、転職、そして周囲の友人たちの結婚や出産と、節目を迎えるたびに友人関係の疎遠を繰り返してきたという、まいさん(44歳・仮名)。
「疎遠になった友人の顔を思い浮かべると、今でも胸がきゅっとなる瞬間があるんです。嫌いになったわけでも、喧嘩したわけでもないのに、気づいたら連絡を取らなくなっていた。そういう関係が、数えきれないくらいあります」
そう話してくれたまいさん。地方から上京し、現在も独身で、都内で働いています。
「なんとなく」から始まる疎遠
疎遠の始まりは、多くの場合、劇的な出来事ではないようです。誰かとの間に何かがあったわけでも、決別を決めたわけでもなく、ただ環境が変わっただけで、関係は静かに細くなっていくのかもしれません。
卒業と同時に途切れた学生時代の友情
「学生時代は、毎日のように一緒にいた友達がいました。お昼ご飯も一緒、放課後も一緒、将来の話も夜通し語り合ったりして。でも卒業して、それぞれ違う会社に就職したり、地元に戻ったりするうちに、会う頻度がどんどん減っていって。
誰かが悪いわけでも、何かがあったわけでもないのに、自然とフェードアウトしていくんですよね。最初は、『そのうちまた連絡しよう』と思っているんですけど、気づけば年賀状すら来なくなっていたりして」
友人が結婚していく中で感じた温度差
「20代の頃は仲良くしていた友人でも、相手が結婚した途端に話が合わなくなることがありました。向こうは家庭のことで頭がいっぱいで、私は独身のまま、それまでと変わらない自由な生活を続けていて。飲み会に誘っても、旦那さんや義理の家族のことを理由に断られることが増えて。
悪気があるわけじゃないのに、なんとなく誘いづらくなって、誘われづらくなって。それだけのことで、関係って簡単に細くなっていくんだと知りました」
友人の結婚・出産という節目でまた入れ替わる人間関係
学生時代や20代の頃の疎遠が落ち着いたと思っても、次の節目はすぐにやってきます。周りの友人たちが次々と結婚や出産を迎えていく中で、独身であるまいさんの交友関係もまた、大きく組み替わっていくことになりました。
既婚の友人との温度差、独身同士の新しいつながり
「周りの友人が結婚や出産をしていくと、今度はその友人たちの『家庭』が付き合いの中心になっていきました。子どもの話や旦那さんの話が中心になって、独身の私には正直ついていけない話題も増えて。一方で、同じように独身を続けている友人とは、逆に付き合いが深まっていったんです。
会えばもちろん楽しいんです。でも、『今、話が合う人』が、その時々でどんどん変わっていく感覚がありました。子育て中の友人には気を遣って連絡の頻度を減らしていたら、いつの間にか本当に疎遠になっていた、ということも何度もあります」
誘われなくなることへの寂しさ
「友人が家庭を持つと、平日の夜も休日も、子どもや家族の予定が最優先になっていくのは当然のことなんですけど。誘っても『子どもがいるから』『家族の予定があるから』と断られることが続くと、だんだん誘うこと自体をやめてしまって。
『迷惑をかけているのかもしれない』という気持ちを、ずっと抱えていました。でも今思えば、誰かが冷たかったわけじゃなくて、お互いにライフステージが違っただけなんですよね」
転職と引っ越しでも、また少しずつ入れ替わる
友人関係だけでなく、職場や地域といった「場」を介した関係もまた、環境が変わるたびに静かに形を変えていきます。まいさんは、30代でその変化を何度も経験したと話します。
職場が変われば、日常的な接点も消える
「30代で転職したときも、それまで毎日顔を合わせていた同僚たちと、あっという間に疎遠になりました。ランチも飲み会も愚痴の言い合いも、あんなに濃かった関係だったのに。
職場という『場』がなくなった途端に、連絡する理由自体がなくなってしまうんですよね」
引っ越しで途切れる、ご近所付き合いという関係
「仕事の都合で引っ越しをしたときも、それまで頻繁に会っていた近所の友人たちとの付き合いが、自然と減っていきました。物理的な距離が離れると、心の距離まで離れていくような気がして、最初は寂しさが大きかったです」
介護という節目で、また見えてきたもの
40代を迎え、まいさんの前に現れた新たな節目が、親の介護でした。ここでもまた、付き合う人の顔ぶれが自然と変わっていったといいます。
親の介護が始まって、付き合える人が変わった
「40代に入ってからは、親の介護が少しずつ現実になってきて。通院の付き添いや実家への往復で週末がつぶれることも増えました。そうなると、また新しく付き合いが変わっていくんです。今は同じように親の介護を抱えている友人とだけ、妙に話が合うようになりました」
「大変だね」だけでは終われない共感の重み
「家庭を持っている友人に介護の話をしても、『大変だね』で終わってしまうことが多くて。悪気はないのはわかっているんですけど、どこか噛み合わなさを感じてしまう自分もいます。
逆に、同じように親の介護をしている友人とは、言葉少なでも通じ合える感覚があって。ライフステージが同じ人とだけ持てる安心感があるんだと、この年齢になって初めて実感しました」
疎遠は「関係が終わった」ことではない
節目のたびに人間関係が入れ替わっていく一方で、まいさんは「疎遠」という言葉の捉え方そのものが、少しずつ変わってきたとも話します。
会わなくても続いている関係もある
「不思議なのが、何年も連絡を取っていなくても、久しぶりに会うと昔と変わらない空気に戻れる友人がいることです。数年ぶりに開いた同窓会で、疎遠になっていた友人と話したら、まるで昨日別れたばかりのように話が弾んで。
疎遠になったからといって、その関係がなくなったわけじゃないんだ、と気づかせてもらいました」
SNSで知る近況、それだけで十分なこともある
「SNSで元気そうにしている投稿を見るだけで、なんだかホッとすることがあります。直接連絡を取らなくても、『元気にしているんだな』とわかるだけで満たされる関係もあるんだと、40代になってようやく思えるようになりました。
連絡を取らないことと、大切に思っていないことは、イコールではないんですよね」
40代になって気づいた、「疎遠」の捉え方の変化
若い頃はあれほど恐れていた疎遠に対して、なぜ今は違う感覚を持てるようになったのでしょうか。そこには、年齢を重ねたからこそ見えてきた現実的な視点がありました。
全員とつながり続けることは不可能だと知る
「20代、30代の頃は、疎遠になることに強い焦りや後ろめたさを感じていました。友人が少なくなっていくのが怖くて、無理をしてでも関係を維持しようとしていた時期も…。
でも今は、人間関係にも人それぞれの季節があって、全員と同じ熱量でずっとつながり続けることなんて、そもそも無理な話なんだと思えるようになりました」
「今」大事にしたい人を選ぶということ
「限られた時間の中で、誰と何に時間を使うか。それを選ぶことは、決して冷たいことじゃないと思うんです。
今の自分に必要な関係を大切にすることは、過去の関係を否定することとは違う。それがようやく腑に落ちました。全部を抱え続けようとしなくていい、と自分に許可を出せるようになった感じです」
寂しさを否定せず、抱えたまま生きていく
疎遠を前向きに捉え直せるようになった今も、寂しさそのものが消えたわけではないそうです。むしろ、まいさんはその感情を無理に打ち消そうとしないことを、大切にしているようにみえました。
悪いことではない、それでも寂しい
「疎遠になることは、決して悪いことじゃないと今は思えます。でも同時に、寂しいという気持ちも、なくなったわけじゃないんです。
『悪いことじゃない』と『寂しい』は、両方とも本当の気持ちとして、自分の中に同時にあっていいんだと思うようになりました。無理に割り切ろうとしなくていいんだ、と気づいてから、少し楽になった気がします」
これからのつながり方
「これからも、ライフステージが変わるたびに、また誰かと疎遠になっていくんだと思います。それでも、今そばにいてくれる人、今連絡を取り合える人を大切にしていきたい。
過去の関係に区切りをつけるのではなく、その時々の縁を大事にしていく。それが今の私にできることなんだと思います。
もちろん、これから先の人生でも、また新しい疎遠を経験することになると思います。親を見送ったら、また人間関係が変わるかもしれないし、仕事を辞めたら職場の人とは自然と会わなくなるかもしれない。
そのたびに寂しさを感じるだろうなとは思うけれど、それを『失敗』だとは、もう思わなくなりました。むしろ、その時々を精一杯生きていた証拠なんだと、今は受け止められています」
おわりに
「昔の私だったら、疎遠になった友人のことを『いつか気まずくなって終わってしまった関係』だと思っていたかもしれません。でも、今は会わなくなった関係にも、確かにあった時間の意味を認められるようになりました」
インタビューの最後、まいさんはこう締めくくりました。
「寂しさを消そうとするんじゃなくて、寂しさごと抱えながら、今のつながりを大切にしていきたいんです。疎遠になった人の数だけ、その時々の自分がいたんだと思うんです。学生時代の自分、20代で焦っていた自分、友人たちの結婚や出産を見送ってきた自分。
そのすべてに、必要だった人がちゃんといた。今はもう会わなくなった関係にも、そう思えるようになりました」
まいさんの語りからは、疎遠という現象を単なる「関係の喪失」として片づけるのではなく、その時々を生きた証として受け止め直そうとする姿勢が伝わってきます。
ライフステージが変わるたびに繰り返されてきた疎遠と、そのたびに感じてきた寂しさ。それを否定せず、けれど悪いことだとも決めつけない——そこには、40代という年代だからこそたどり着けた、人間関係との等身大の向き合い方がありました。
※本記事は取材対象者のプライバシーに配慮し、名前は仮名とし、個人が特定されないよう一部エピソードや設定を編集しています。
文/AKI