職場の後輩が結婚しました。28歳。可愛らしい顔立ちで、いつもニコニコしている子です。
お祝いの言葉を伝えながら、私の中で何かがチクリと痛みました。「おめでとう」と言う自分の声が、どこか上滑りしている気がして、ひどく嫌になりました。

これが初めてではありません。ここ数年、若い女性の幸せ話を聞くたびに、この感覚がやってきます。
素直に喜べない。心から応援できない。「良かったね」と言いながら、心の奥底で何かがザワザワと騒いでいるのです。

こんな自分が、本当に嫌です。こんなはずじゃなかった。
もっと寛容で、優しい女性でいたかった。
でも44歳になった今、私は若い女性の幸せを素直に喜べない女になってしまいました。

今日は、そんな思いを抱えている結子さん(44歳・仮名)に、お話をしてもらいました。

「羨ましい」じゃない、この感情の正体って何?

誰かの言葉や選択に心がざわついたとき、それを反射的に「羨ましい」と片づけてしまうことがあります。
でも本当に、それだけでしょうか。その違和感の奥にある感情の正体を、少し立ち止まって見つめていきます。

「私だって頑張ってきたのに」という叫び

最初は単純に羨ましいのだと思っていました。でも違います。これは嫉妬とも少し違う気がします。
もっと複雑で、もっとドロドロしていて、言葉にしづらい感情です。

ある日、一人で飲んでいるときに気づきました。
これは「私の努力が報われていない」という怒りなのかもしれない、と。

私だって頑張ってきました。仕事も恋愛も、手を抜いたことはありません。
30代前半までは結婚を意識した相手もいたし、デートもたくさんしました。
でも結局、どれも実りませんでした。
相手のタイミングが合わなかったり、価値観の違いに気づいたり、あるいは自然消滅したり。
理由はいろいろありました。

そして気づけば40代。
周りは結婚して、子どもを産んで、家族との時間を大切にしています。
私は?
仕事で成果は出しています。でも帰る家には誰もいません。休日に予定がない週末もあります。

「何が違ったんだろう」と考え始めると、止まらなくなります。
運?タイミング?

それとも私の何かが足りなかったのでしょうか。
答えは出ないまま、若い女性の幸せ話が耳に入ってきます。
彼女たちはまだ何も苦労していないように見えます。

何もかもを、簡単に手に入れているように見えるのです。

「もう遅い」という諦めが引き起こす焦り

正直に言えば、44歳という年齢は重いです。
恋愛市場において、この数字は無視できない壁です。婚活アプリを開いても、年齢でフィルタリングされているのが分かります。
40代の女性を求めている男性の数は、がくんと減ります。

「まだ間に合う」と自分に言い聞かせることもあります。
でも心のどこかで「もう遅いかもしれない」と思っている自分もいます。

この諦めと焦りが同居している状態が、私をさらに苦しめます。

若い女性を見ていると、彼女たちにはまだ時間があることが羨ましいです。
選択肢がたくさんあることが羨ましい。失敗しても、やり直せることが羨ましい。
私にはもう、そんな余裕はないように感じます。

ある晩、友人に「まだ諦めなくていいよ」と言われました。
優しさからの言葉だと分かっています。
でも同時に、その「まだ」という言葉が、私が追い詰められている現実を浮き彫りにしました。
「まだ」ということは、タイムリミットが迫っているということです。

このモヤモヤから抜け出すために、私がやってみたこと

正体のわからないモヤモヤを抱えたまま過ごすのは、思っている以上に疲れるものです。
ここでは、気持ちに変化が生まれるきっかけとなった、結子さんなりの向き合い方を綴っていきます。

他人の幸せと自分の幸せは別物だと認める

ある日、カウンセリングを受けてみることにしました。
「若い女性を応援できない自分が嫌だ」と正直に打ち明けました。カウンセラーは静かに聞いて、こう言いました。

「あなたは、他人の幸せを自分の不幸の証拠だと思っているんですね」

その言葉にハッとしました。確かにそうでした。誰かが幸せになるたびに、自分が取り残されたような気持ちになっていました。
まるで幸せの総量が決まっていて、誰かが手に入れたら自分の分が減るような、そんな錯覚に囚われていたのです。

でも違います。他人の幸せと自分の幸せは別のものです。
誰かが結婚したからといって、私の人生に何か変化があるわけじゃありません。

彼女たちの幸せは彼女たちのもので、私の幸せは私が作るものです。

この事実を頭で理解するのは簡単でした。
でも心がついていくのには時間がかかりました。

後輩の結婚報告を聞いたとき、意識的に「これは彼女の人生。私の人生とは関係ない」と自分に言い聞かせました。
最初はぎこちなかったけれど、繰り返すうちに、少しずつ心が軽くなっていくのを感じたんです。

「今の自分」にOKを出す練習

もう一つ始めたのは、今の自分を認める練習です。
これが一番難しかったです。
「結婚していない自分」「子どもがいない自分」を、どう受け入れればいいのか分かりませんでした。

でも、自分の人生を振り返ってみると、悪いことばかりじゃなかったと思うんです。
好きな仕事を続けてこられました。海外旅行にも行きました。
趣味の時間もたっぷりあります。友人との関係も大切にしてきました。
「持っていないもの」ばかり数えていたけれど、「持っているもの」だってたくさんありました。

毎晩、寝る前に「今日の自分、よくやった」と声に出して言うようにしました。
些細なことでいいんです。
仕事で資料をきちんと仕上げた。美味しいものを食べた。散歩で季節の花を見つけた。

何でもいいから、自分を褒める。

この習慣を続けて3ヶ月ほど経ったころ、不思議なことに気づきました。
若い女性の幸せ話を聞いても、以前ほど心が乱れなくなっていたのです。
完全に平静というわけじゃありません。
でも、「良かったね」と言う自分の声が、少しだけ本心から出ているように感じられたんです。

まとめ──44歳の私が見つけた「応援できる自分」への道

若い女性を素直に応援できない自分を責めていた日々。
でも今は、その感情を否定しないようにしています。

羨ましい気持ちも、焦りも、全部本当の感情です。
それを感じることは悪いことじゃありません。

大切なのは、その感情に支配されないこと。
他人の幸せを見て自分を卑下するのではなく、自分の人生にちゃんと目を向けること。
今の自分を認めてあげること。

44歳という年齢は、確かに若くはありません。
でも終わりでもありません。これから恋愛をするかもしれないし、しないかもしれない。
結婚するかもしれないし、しないかもしれない。

どちらでもいいんです。

大事なのは、どんな選択をしても、自分の人生を肯定できる強さを持つことだと思います。

最近、職場の後輩から妊娠報告を受けました。
今度は少しだけ、本心から「おめでとう」と言えた気がします。
完璧じゃないけれど、以前よりはずっといい。

これでいいんです。少しずつ、少しずつでいい。
私は私のペースで、私の幸せを見つけていきます。

そう言い切る結子さんの言葉で、世界が少しだけ優しく見えるようになりませんか?

文/AKI