5月になると、なんとなく体が重い。朝、布団から出るのにいつもより少し時間がかかる。仕事は普通にこなしているし、食欲もある。でも夜になると、「今日も一日終わった」という感覚だけが残って、達成感とも安堵感とも違う、うまく名前のつけられない消耗感がじわじわと広がってくる。
「5月病」という言葉は知っている。
でも、「私はGWもそれなりに休んだし、環境が変わったわけでもないし、5月病とは違うと思う」と首をかしげている人も多いはずです。そう、5月の消耗は、新入社員や新生活スタートの人だけに起きることではない。むしろアラフォー世代が、気づかないまま一番ダメージを受けやすい季節なのかもしれません。
GWに旅行に出かけた人も、家でゆっくりしていた人も、仕事で休めなかった人も——それぞれの理由で、5月に消耗していきます。今回は、その「なぜ」を丁寧に解きほぐしてみたいと思います。
「休んだのに疲れている」——GWが体に残すもの
「ちゃんと休んだはずなのに、なぜか疲れが取れない」
そう感じているなら、それは気のせいでも怠けでもありません。旅行でも、おうち時間でも、GWには「別の疲れ」が静かに積み上がっています。
旅行も外出も、「別の種類の疲れ」を積み上げています
GWに旅行や帰省をした人ほど、連休明けに「休んだ気がしない」と感じることがあります。これは気持ちの問題ではなく、体の仕組みとして説明できます。
旅行中は、移動の疲れ、いつもと違う睡眠環境、食事のタイミングのずれ、そして「楽しまなければ」という無意識のプレッシャーが重なります。非日常を目いっぱい楽しんでいる間も、体は平常運転より多くのエネルギーを消費している。
「疲れていない」と感じるのは、アドレナリンやドーパミンが出ているからで、それが抜けた5月最初の週に、疲労がまとめてやってきます。
帰省ならさらに事情は複雑です。久しぶりに会う家族との時間は、喜びと同時に、気遣いや古い感情の揺り戻しを連れてくる場合も多いですよね。
「結婚は?」「子どもは?」という言葉ひとつで、せっかくの休暇が小さなダメージを積み重ねる時間になってしまうことも、アラフォーにはよくある話です。楽しかったのに疲れた、というその感覚は、正直に体が反応している証拠です。
旅行の疲れには「肉体的疲労」と「感情的疲労」の両方が混ざっています。特に、感情的疲労は自覚しにくく、帰宅して数日後に「なんとなく気力がわかない」というかたちで出てくるケースがあります。
連休明けの倦怠感を「旅行のせいにしてはいけない」と思う必要はありません。ちゃんと疲れているのだから、ちゃんと回復していい。
「家でゆっくりしていただけ」の罪悪感が、じわじわ体力を奪う
では、GWを家で過ごした人はどうでしょう。外出も旅行もせず、ただ休んでいた。
それは、本来とても正しい休息の取り方です。それなのに、SNSに流れてくる他の人たちの旅行写真や「充実した連休」の投稿を眺めながら、「私は何もしなかった」という罪悪感が静かに積み上がっていた人も少なくないはずです。
体は休めても、頭の中はずっと動いている。「もっと有意義に使えばよかった」「どこかに出かけるべきだったかな」という後悔が、休息の質を下げていきます。
休んでいるようで休めていない。アラフォーの「家でゆっくり」は、思った以上に頭が忙しいことが多い。
さらに、長い連休のあとは「生活リズムの乱れ」も体に響きます。いつもより遅く起きて、いつもより遅く寝て、食事の時間もばらばらになった10日間のあと、急に月曜の朝が戻ってくる。自律神経は正直で、リズムが崩れたぶんだけ、立て直しに時間がかかります。
連休前より連休明けのほうが疲れているというのは、珍しくありません。むしろよくあることです。
休めなかった人が5月に消耗する、もうひとつの理由
「自分は連休なんてなかった」という人にも、5月の消耗は静かに忍び寄ります。働き続けた疲れだけでなく、「世間と自分のズレ」が心に積み重なっていく。
このように、休めなかった人特有の消耗のかたちがあります。
サービス業・医療・介護——「世間が休む日」に働く人たちの孤独
GWに休めなかった人の話も、ちゃんとしたい。サービス業、医療、介護、物流、飲食——世間が「連休だ」と浮き立っている間も、社会を支えるために働いている人たちがいます。
連休中に働くことそのものは、慣れている人も多い。でもゴールデンウィークという特別な名前を持つこの時期は、テレビも、SNSも、街の空気も「みんなが休んでいる」という雰囲気を大量に発信してくる。
そのなかで働き続けることの消耗は、体の疲れだけではなく、「自分だけ取り残されているような感覚」が混ざっている場合があります。それは被害妄想でも弱さでもなく、環境が生み出す、れっきとした心理的負荷です。
アラフォーになると、自分のために休暇を取るという感覚が薄れてくる人もスクール。子どもの行事に合わせて動く人、親の介護がある人、家族の予定に自分のスケジュールを合わせてきた人。そ
んな積み重ねのなかで、「自分の休息」の優先順位がいつのまにか一番下になっていたりします。自分が倒れたら困る、と頭ではわかっていても、なかなかそこには順番が回ってこない。
疲れて当然です。
「疲れている」と言えない——アラフォーの「大丈夫」グセ
5月に消耗する理由として、もうひとつ見過ごされがちな原因があります。それは、アラフォー世代が「疲れた」と言いにくくなっているということ。
20代のころは「疲れたー!」と言っても、誰も深刻に受け止めなかった。でも、40前後になると、同じ言葉に「年齢のせいかな」「更年期?」という視線が混じるようになる。
それが嫌で、「大丈夫」と言い続ける人も多い。
あるいは、自分でも「これくらいで弱音を吐いてはいけない」と思って、消耗のサインを見て見ぬふりをしてしまう。疲れを言語化できないと、疲れは体の中で行き場をなくします。
そして、出口を探して、睡眠の質の低下、集中力の散漫、小さなことでイライラする。そんなかたちで表れてくる人は、少なくありません。
「最近、なんとなく調子が悪い」という感覚があるなら、それは「大丈夫じゃない」のサインかもしれません。その声を、もう少しだけ丁寧に拾ってあげてください。
5月の消耗を「当たり前」にしないためにできること
「わかってはいるけど、どうすればいい?」
大きな対策より、今日からできる小さな習慣が、消耗した体と心をじわじわ回復させてくれます。まずは「自分に許可を出すこと」から始めてみましょう。
「回復のための時間」を、意図的にスケジュールに入れる
5月の消耗への対処として、よく言われるのが「ちゃんと寝てください」「バランスの良い食事を」というアドバイスです。間違ってはいないけれど、それを実行できていれば最初から消耗していない、というのが正直なところでしょう。
もう少し具体的に言うと、「何もしない時間を、予定として手帳に書く」ことが思った以上に効きます。
何もしないことをスケジュールに入れると、その時間に「他のことをすべきか」という思考が入りにくくなる。日曜の午後2時間を「ぼーっとする時間」と決めて、その予定を他の用事と同列に扱う。それだけで、回復の質が変わってきます。
また、5月の消耗は「睡眠の前借り」から来ているケースもあります。4月に頑張りすぎて睡眠が削られていた分が、GWを境に一気に請求されてくる感覚とでも言いましょうか。連休中に少し長く眠れた人は、それだけで体が「ようやく回収できた」と安堵します。
逆に、連休中も忙しかった人は、平日の夜に就寝時間を15分だけ早める、という小さな調整から始めてみてください。大きな変化より、小さく続けられる変化のほうが、体には届きやすい。
もうひとつ、おすすめしたいのが「今週の自分に点数をつけない」という習慣です。5月は何かと「できなかったこと」に目が向きやすい時期。連休を有意義に使えなかった、仕事のペースが上がらない、体がだるい。
でも、その全部に「仕方がない」と一度ラベルを貼って、採点をやめてみませんか?評価するのは、もう少し体が戻ってからでいいのですから。
「消耗していい5月」を、自分に許可する
最後に、少し視点を変えてみたいと思います。5月が消耗する理由はとてもシンプルで、4月に全力を出しすぎたからです。新年度の始まりに気を張り、人間関係を丁寧に構築し、新しい仕事や変化に適応しようとした。
そのエネルギーの請求書が、5月に届いてくる。消耗は、頑張った証拠でもあります。
GWに休めた人は、非日常のエネルギーを使いすぎた。休めなかった人は、休むことなく走り続けた。どちらのルートをたどっても、5月に疲れが出てくるのはごく自然な現象です。
「なんで私だけこんなに疲れているんだろう」と自分を責めなくていい。あなただけが特別に弱いわけではなく、5月という季節が、そういうふうにできているだけのことです。
アラフォーの体と心は、20代のときより賢くなっています。無理が効きにくくなった分、「これ以上はしんどい」というサインを早く、正確に出してくれるようになっている。
消耗のサインを「弱さ」と読まずに、「今ここで休んで」という体の言葉として受け取れるかどうか。それが、5月をうまく越えていくための一番の鍵だと思います。
今週、一日だけでいいので、「今日は休んでいい」と自分に言ってみてください。それだけでも、5月の重さが少し、違って感じられるはずです。
終わりに。
消耗は弱さではありません。頑張ってきた体が、正直に反応しているだけのことです。今年の5月が重く感じられるなら、それはあなたがそれだけ4月を懸命に生きた証拠でもあります。
「なんとなく調子が出ない」
「休んだのに疲れている」
「みんなは元気そうなのに自分だけ……」
そんな言葉が頭をよぎるとき、どうかその声を、自分への批判として受け取らないでほしいと思います。5月は、体と心が正直になる季節です。冬から春へ、年度の変わり目を乗り越えてきた疲れが、ようやく表に出てくる。それは回復のはじまりとも言えます。
無理に取り戻そうとしなくて大丈夫です。遅れを取り戻すより、今日の自分を少しだけ労ってあげることのほうが、ずっと大切です。
今年の5月が、自分を責める季節ではなく、自分をちゃんと休ませてあげる季節になりますように。
文/AKI