「恋って、もっと自然に始まるものだと思っていました」
そう語るのは、都内で働く会社員・藍さん(仮名・39歳)。

長く仕事に打ち込んできたけれど、気づけば休日を一人で過ごすことが増えていたといいます。
「周りの友達は結婚して、子育ての話ばかり。私だけ時間が止まっているようで、何かを変えたくなったんです」

そんなある日、後輩からすすめられたのがマッチングアプリでした。
“新しい恋のきっかけ”として、軽い気持ちで始めてみた藍さん。

しかし、そこで待っていたのは、想像以上に現実的で、時に痛みを伴う出会いでした。

最初の出会いで感じた、マッチングアプリの洗礼

マッチングアプリに登録して数日。藍さんが初めて出会ったのは、9歳年下の営業職の男性でした。
メッセージはまめで、ユーモアもあり、やり取りの流れで自然に食事の約束をしたといいます。

楽しい食事のあとに訪れた、まさかの展開

「最初はすごくいい人だなと思いました。年齢差はありましたが会話も盛り上がって、気を遣ってくれるタイプに見えたんです」

そんな安心感のまま迎えた会計のタイミング。
男性は“トイレに行ってくるね”と席を立ったまま、二度と戻ってきませんでした。

「まさか、食い逃げされるなんて思いもしませんでした」

店員に事情を説明し、支払いを済ませたあと、外に出た夜風がやけに冷たく感じたといいます。
マッチングアプリの彼のアカウントはすでに見られなくなっていて、LINEもブロックされていました。

簡単にアカウントを消せる環境と匿名性の高さ。
こんなことがあっという間に実行できてしまうのが、マッチングアプリの怖いところでもあるのです。

出会いの“もろさ”を知った夜

「共通の知人もいないし、名前も本名かどうか分からない。
連絡が途絶えたら、それで終わりなんですよね」

マッチングアプリは気軽に始められる分、関係の土台が驚くほど脆い。

“共通の人間関係”という支えがない出会いは、信頼よりも不安のほうが大きくなりやすいと藍さんは感じたそうです。

それでも、もう一度だけ信じてみたかった

「怖かったけど、一回の失敗で終わらせたくなかったんです」
苦笑いをしながら語る声には、静かな決意がにじんでいました。

「きっと、誠実な人もどこかにいるはずだって、信じたかったんです」

やさしい言葉の裏に潜む、“わかりやすい体目当て”

次に出会ったのは、2歳年上の医師。
真面目そうで、話し方も落ち着いていたため、藍さんはようやく「ちゃんとした出会いかもしれない」と感じたといいます。

“癒し合える関係”という甘い言葉

「最初のメッセージで“癒し合える関係になりたい”と言われて、少し心が揺れました。 年齢的にも落ち着いた人だと思っていたので」

けれど、実際に会ってみると、彼は見た目ばかりを褒め、会話はどこか表面的でした。
「すごくタイプ」「いい香りだね」
そんな言葉が増えるたびに、胸の奥がひんやりと冷えていくのを感じたそうです。

「褒められることが、必ずしも嬉しいわけではないんですね」

“恋”ではなく、“欲望”の中にいたと気づいた瞬間

そしてデートの帰り際、彼から「君の部屋で飲みなおそう」といわれた瞬間、すべてが腑に落ちたといいます。

「私が求めていたのは心のつながりだったのに、彼の目的は最初から違ったんだと気づきました」

マッチングアプリの中では、最初から恋愛モードで話が進む。
でも、相手の人となりや価値観を確かめる時間はほとんど存在しません。

藍さんはその夜、静かに彼からの通知をオフにしました。

簡単に出会えてしまう分、体目当ての行動もあっさり実行できてしまう。
それもまた、マッチングアプリの怖いところでもあるのです。

やさしい言葉ほど、慎重に受け取るようになった

「彼は悪気があったわけじゃないと思うんですが、癒しの持つ意味が彼と私とでは違った」

「体目的の男性がいることは知っていたけど、まさか自分がその対象になるとは思っていなかった」と、無意識に自惚れていたことに、藍さんは恥ずかしさも感じたそう。

アプリのやり取りでは、優しいメッセージを送ることはいくらでもできる。
けれど、そこに心が宿っているかどうかを見抜くのは、本当に難しい。

“いい感じ”だったのに、突然の音信不通

三人目の男性とは、三ヶ月ほど関係が続きました。
週末に飲みに行ったり、共通の趣味の映画を観たり。
藍さんにとって、ようやくちゃんと恋ができるかもしれない、と思えた相手でした。

「忙しいのかな」と信じていた日々

「仕事が忙しい人だったので、少し返事が遅くても気にしていなかったんです。
でも、ある日から既読のまま連絡が途絶えて……」

最初の3日間は「きっと落ち着いたら返ってくる」と思っていたそうです。
しかし、1週間、2週間と経ち、返事はありませんでした。

「“自然消滅”って、文字で見るよりずっと痛いものですね」

共通の知人がいないからこその“消え方”

「もし共通の友人がいれば、『どうしたの?』と聞けるけど、アプリの出会いはそれができない。まるで最初から存在しなかったかのように、相手が消えてしまうんです」

どんなに連絡を重ねても、関係が一瞬で途切れる可能性がある。
それが、アプリという“人間関係の地盤がない世界”の現実だと藍さんはいいます。

傷ついたけれど、少しだけ強くなれた

「ショックでした。でも、私はもう“ちゃんと向き合える人”を探したいと思ってます」

傷つくたびに、自分の中で何を大切にしたいかがはっきりしていったそうです。

例えば、初対面でも相手の話をちゃんと聞けるか、外見だけで褒める言葉に頼っていないか、
そして心地よい時間を一緒に過ごせるか。
そんな小さなサイン。

くわえて、マッチングアプリでの失敗や失恋は、人に話すのも少し恥ずかしいと感じるといいます。

話しても「そんなものだよ」と笑われたり、軽く流されたりすることも多く、誰にも共感してもらえない孤独感を味わうこともありました。

それでも、藍さんはこう考えるようになったそうです。

マッチングアプリで得たのは、痛みや失望ばかりかもしれない。

でも、その経験を通して自分の価値観や大切にしたいものを確認できた。
だから少しだけ強く、そして賢くなれたのだ、と。

おわりに


39歳の藍さんが経験したマッチングアプリでの出会いは、決して華やかなものではありませんでした。食い逃げ、体目当ての男性、そして突然の音信不通。

気軽に始められる分、関係の土台は驚くほど脆く、共通の知人がいない匿名性の高さゆえに、簡単に傷つけられてしまう現実がありました。

優しい言葉だけでは相手の本心は見抜けず、”いい感じ”だと思っていた関係も一瞬で消えてしまう。そんな経験を重ねるたびに、誰にも共感してもらえない孤独感も味わいました。

マッチングアプリは、確かに怖い側面を持っています。

けれど同時に、自分自身と向き合い、何を求めているのかを確かめる機会でもあるのかもしれません。

傷ついた分だけ、きっと強く、賢くなれる。

「失敗と呼ぶのはやめやめ。すべては次につながる経験なのだから。」

藍さんはそう考えています。

 

文/AKI